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『第伍回 期間限定海域:AL作戦/MI作戦』-MI作戦-ミッドウェー海戦-日本軍撤退

日本軍撤退

 日本時間6月5日午後9時15分、夜戦に向けて準備中の第二艦隊と南雲機動部隊に山本長官は夜戦の中止と主隊(大和以下、第一艦隊)への合同を命じます。午後10時11分、南雲部隊は反転しました。午後11時55分、山本長官は連合艦隊電令161号で以下の命令を伝達します。
1 AF(ミッドウェー島)攻略を中止す。
2 主隊は攻略部隊(第二艦隊)、第一機動部隊(欠、飛竜及び同警戒艦)を集結し、予定地点に至り補給を受くべし。
3 警戒部隊、飛竜同警戒艦、及び日進は、右地点に回航すべし。
4 占領部隊は西進し、ミッドウェー飛行圏外に脱出すべし。
 ミッドウェー作戦の中止が決定した瞬間です。
 日本軍は撤退を開始し6月6日午前4時30分(現地時間6月5日07:30)、軽空母鳳翔の九六式艦上攻撃機が漂流する飛龍と甲板上の生存者を発見、連合艦隊司令部は南雲司令部に飛龍沈没を確認せよと命令します。飛龍の現状を知らなかった南雲部隊司令部は午前9時45分(12:45)、長良の偵察機を発進させ、駆逐艦谷風を飛龍の処分と生存者救助のために分派します。

駆逐艦谷風
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陽炎型駆逐艦14番艦

 飛龍の処分と生存者救助のために分派された谷風が思わぬ形で日本軍の撤退に寄与する事になります。
 戦闘詳報によれば、谷風(勝見駆逐艦長)は6月6日1508よりアメリカ軍急降下爆撃機計36機または37機と交戦、4機撃墜を報告しています。 アメリカ軍によれば、米空母エンタープライズ (CV-6)とホーネット (CV-8)は南雲機動部隊の追撃を開始、正午頃、エンタープライズの攻撃隊32機、ホーネットの攻撃隊26機が発進しますが日本艦隊を発見できず、アメリカ軍攻撃隊は西方へ向かう駆逐艦1隻(谷風)を発見、集中攻撃を仕掛けますが1発も命中せず、サム・アダムス大尉機が撃墜されています。 ミッドウェー基地から発進したB-17隊は、まず重巡洋艦2隻(三隈、最上:衝突のため艦首大破中)に爆弾39発を投下しましたが、1発も命中しませんでした。B-17隊は空母を求めて再度出撃しますが発見できず、たまたま見つけた駆逐艦1隻(谷風)に79発の爆弾を投下しますが、1発も命中しませんでした。アメリカ側の研究者は『谷風は約九十発の爆弾を回避した。戦争の全期間を通じても屈指の驚くべき脱出劇である。』と結んでいます。
 結果として谷風はアメリカ航空部隊を吸引する事となりました。後方では駆逐艦が救出した生存者を戦艦などへ移乗、収容作業中でしたので、もし、アメリカ航空部隊に発見されていた場合は更に犠牲者が増えていたでしょう。

 午前中、山本長官の主隊、近藤司令の攻略部隊、南雲司令の機動艦隊残存部隊は合流しました。

 支援隊の第七戦隊(重巡洋艦:旗艦熊野、鈴谷、三隈、最上)は上陸する輸送船団の護衛として警戒任務に従事していましたが、南雲機動部隊の壊滅によって山本長官から新たにミッドウェー基地砲撃の命を受け、全速で前進していました。その後、夜戦中止に先立って砲撃中止命令が出されます。しかし第七戦隊はミッドウェー島90浬の地点で転進を行ってから1時間20分後、アメリカ海軍潜水艦タンバー(SS-198)を発見して緊急回頭を行い、その際に三番艦三隈と最後尾艦最上が衝突します。三隈に衝突した最上は艦首を切断、速力10ノットに落ちます。第七戦隊司令官の栗田健男少将は最上の護衛を三隈と駆逐艦2隻(第八駆逐隊:荒潮、朝潮)に命じ、南西のトラック島泊地への退避を命じます。栗田少将は熊野と鈴谷を率いて大和以下主力部隊と合流するため北西に向かいます。
 一方、アメリカ軍では、飛龍攻撃隊により空母ヨークタウンが大きく損傷、放棄されます。駆逐艦ヒューズだけがヨークタウンの護衛として残されました。その後ヨークタウンではサルベージ作業が進み、艦隊曳船ヴィレオが救助に向かいます。フレッチャー少将から指揮権を移譲されたスプルーアンス少将の第16任務部隊も日本艦隊の動向が把握できず夜戦に持ちこまれる可能性を考慮、一時的に東へ退避します。翌7日の黎明、第16任務部隊はミッドウェーの防衛と日本艦隊の追撃のため西進します。

三隈沈没

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炎上傾斜する三隈。

 日本時間6月6日、潜水艦タンバーの報告を受けたアメリカ軍は、まずミッドウェー島の航空戦力で三隈と最上を攻撃します。SBDドーントレス6機、SB2Uビンディケーター6機、B-17爆撃機8機が攻撃、SB2U指揮官機が三隈の後部砲塔に体当たりし、最上が至近弾で戦死者2名を出します。アメリカ軍機動部隊が追撃してきた三隈と最上はウェーク島に向かい、連合艦隊主隊と攻略部隊も三隈の救援と米機動部隊の捕捉に向けて動き出します。6月7日、スプルーアンス少将は「空母1隻、駆逐艦5隻発見」という索敵機の報告を元に、「ホーネット」「エンタープライズ」攻撃隊を発進させます。アメリカ軍攻撃隊は空母のかわりに「戦艦」を発見し、最初は航空母艦、次は戦艦と誤認された三隈は集中攻撃を受けて沈没、また最上や駆逐艦朝潮、荒潮も被弾。近藤信竹中将は第二艦隊に「敵空母部隊を捕捉撃滅して三隈・最上を救援せんとす」と命じて反転しましたが、アメリカ軍機動部隊の捕捉には失敗しています。翌8日午前中、最上は救援に駆け付けた第二艦隊と合流、空襲圏外へ脱します。

 戦艦大和以下、主力部隊は夜戦を企図し東進しましたが、飛龍を失い、再考して翌0時に夜戦を中止し、3時頃には作戦自体を中止します。主力部隊はミッドウェー島の遥か数百キロ後方におり、本海戦には参加できず、駆逐艦が救出した生存者を医療設備の規模が大きい戦艦に移乗、収容と手当てを行ったに留まります。赤城の生存者達は、大和以下本隊が戦闘に全く関与しなかったことを罵ります。日本軍輸送船団は、アメリカ軍機動部隊の追撃に備えて陣形を変更しました。
 山本長官は、アメリカ軍の追撃部隊をウェーク島の基地航空隊活動圏内に引き込むよう命じますが、アメリカ軍はそこまで深追いしませんでした。

ヨークタウン沈没

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伊168の雷撃により轟沈するハムマン。

 6月7日、ヨークタウンは曳船に引かれつつ真珠湾に向かっていました。駆逐艦ハムマンに移乗していたバックマスター・ヨークタウン艦長と161名が再びヨークタウンに乗艦しています。さらに駆逐艦モナガン、グウィン、バルチ、ベンハムが護衛に加わります。
 その頃、ミッドウェー島を砲撃後、同島海域に留まっていた伊168潜水艦がヨークタウン撃沈の任を受け、同艦に接近します。(13:34)、「伊168」は4本の九五式魚雷を発射し、2本がヨークタウンの左舷に命中、ヨークタウンは沈没します。さらに、護衛の駆逐艦ハンマンにも1本命中し、沈没します。日本軍は「甲板の損傷なき模様」として、飛龍が最初に攻撃したのとは別の空母だと推定しています。
 6月13日、第16任務部隊のエンタープライズ、ホーネットは搭乗員・艦載機に多大な損失を出しながらも無事に真珠湾に帰港します。アメリカ軍は救助したゲイ少尉の証言から日本軍空母2隻の沈没を確認し、漂流していた飛龍機関科兵の聴取から飛龍の沈没を知り、計3隻の撃沈を確信します。赤城については暗号解読から沈没推定としていましたが、確信するのは日本軍捕虜の情報を分析した後の事でした。
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